群の表現と行列の Jordan 標準形(その 6・最終回)

前回までで、\mathbb{C}^n 上の線型写像を与えることは、\mathbb{C}[t]-加群としての \mathbb{C}^n を与えることに等しく、それは元をたどれば半群 \mathbb{N}_0 の表現論であることを見ました。
ここで、有限群の表現のようにマシュケの定理が使えれば便利なのですが、残念ながら \mathbb{N}_0 は有限でもなければ群でもないので、マシュケの定理を適用することは出来ません。
しかし、しかしです。マシュケの定理が適用できないからと言って諦めるのは未練が残ります。そこで、\mathbb{C}[t] が単項イデアル整域であることと、\mathbb{C}^n が有限生成なことを利用すると、単因子の理論や Chinese Remainder Theorem などを利用して、
 \mathbb{C}^n \cong \mathbb{C}[t]/( (t-\alpha_1)^{m_1})\oplus\cdots\oplus\mathbb{C}[t]/( (t-\alpha_r)^{m_r}) \quad (m_1+\cdots+m_r=n)
と直和分解できることがわかります。*1
ところで、各直和因子
W_i=\mathbb{C}[t]/((t-\alpha_i)^{m_i})
は、m_i \gt 1 のときは既約になりません。しかし、これ以上直和分解しないことも知られています。このようなものは直既約と言われます。
さて、W_i\mathbb{C}m_i 次元のベクトル空間です。そこで W_i の基底を
((t-\alpha_i)^{m_i-1},\ldots,t-\alpha_i,1)
と選ぶと、この基底に関する t の W_i への作用は
J(\alpha_i;m_i)=\begin{pmatrix}\alpha_i&1&&0\\&\alpha_i&\ddots&\\&&\ddots&1\\0&&&\alpha_i\end{pmatrix} (m_i 次正方行列)
という行列表示になります。これは Jordan 細胞と言われるものでした。かくして、\mathbb{C}^n 上の線型写像は、その基底をうまく取れば
\begin{pmatrix}J(\alpha_1;m_1)&&0\\&\ddots&\\0&&J(\alpha_r;m_r)\end{pmatrix}
という行列表示を持つことがわかります。これが行列の Jordan 標準形です。結局、行列の Jordan 標準形を求めることは、単位半群 \mathbb{N}_0 の直既約表現を求めていたことに他ならないのです。こうしてみると、マシュケの定理が使える分だけ、有限群の表現論のほうがある意味で簡単に見えますね(実際にはそんなことはありませんが)。
さて、ここまで書いてきたことは、ちゃんとタネ本があります。「加群十話―代数学入門 (すうがくぶっくす)」(堀田良之著、朝倉書店)です。というか、実はこの本に書いてあることを、必要な部分だけつまみ食いして書き出しただけだったりします。この辺の理論を詳しく勉強してみたい人は、同書、および

  • 有限群の線型表現」(J.-P.Serre 著、岩堀長慶・横沼健雄訳、岩波書店)
  • 「対称群と一般線型群の表現論」(岩堀長慶著、岩波講座基礎数学)

を読むことをお勧めします。

で、何が言いたかったの ?

過去 6 回にわたって、群の表現と行列の Jordan 標準形の関係を長々と述べてきました。ここで一番の「肝」だったことは、単位半群 G が与えられたときに、半群環 K[G] が構成できた、ということでした。
では、一般の半群 G に対してはどうなるのでしょう ? 半群 G に対して、自由加群 K[G] を作ることは出来ます。積の構造も入ります。しかし、積に関する単位元が存在しないので、これは(通常の意味での)環ではありません。縦しんば G が単位半群だったとしても、半群環 K[G] が単項イデアル整域になるとは限りません。しかし、作用域 K[G] を持つ加群を考えることは出来ます。何となく、群の表現に近い理論を構築できそうな気はします。
このあたりのことは、どこまで研究が進んでいるのか知りませんが、考えることは無意味とは思えません。むしろ、群の表現論同様、様々な応用が考えられそうです。

*1:このあたりのことをきちんと証明すると長くなってしまうので、豪快に端折らせていただきます。今は Jordan 標準形の理論と群の表現論の類似性を見たいだけなので。