円周率を解析的に定義する(後編)

長くなりそうなのでセクションに分けていきます。

指数関数と指数法則

級数 \sum_{n=0}^\infty \frac{z^n}{n!} の収束半径は無限大です。そこで任意の z\in\mathbf{C} に対して \exp z:=\sum_{n=0}^\infty \frac{z^n}{n!} と定義します。e:=\exp 1 とおくと、任意の実数 x に対して \exp x=e^x が成り立つため、複素数 z に対しても \exp z=e^z と書きます。ここで大事なことは、指数法則
e^{z+w}=e^z e^w
が成り立つことです。証明は省略します。

三角関数の加法定理

\exp z の定義式で ziz に置き換えると
e^{iz}=\cos z+i\sin z … (1)
が成り立ちます(前編で定義した三角関数は変数が複素数でも定義できます)。(1) で z\to -z と置き換えると
e^{-iz}=\cos z-i\sin z … (2)
が成り立つので、(1) と (2) を辺辺掛けて
\cos^2 z+\sin^2 z=1 … (3)
が成り立ちます。また (1) と (2) で辺辺加えたものと引いたものを考えれば
\cos z=\frac{e^{iz}+e^{-iz}}{2}, \sin z=\frac{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}
が成り立つことも分かります。これと指数法則から
\cos(z\pm w)=\cos z\cos w\mp\sin z\sin w
\sin(z\pm w)=\sin z\cos w\pm\cos z\sin w
という、三角関数の加法定理が導けます。

三角関数の周期

前編で定義した \pi について \cos\frac{\pi}{2}=0 が成り立つことは既に分かっています。これと (3) から
\left(\sin\frac{\pi}{2}\right)^2=1
が成り立ちますが、0\lt\frac{\pi}{2}\lt 2 なので \sin\frac{\pi}{2}\gt 0、したがって
\sin\frac{\pi}{2}=1
です。これと加法定理から
\cos\left(z+\frac{\pi}{2}\right)=-\sin z,\sin\left(z+\frac{\pi}{2}\right)=\cos z … (4)
が分かります。(4) で z\to z+\frac{\pi}{2} として
\cos(z+\pi)=-\cos z,\sin(z+\pi)=-\sin z … (5)
(5) で z\to z+\pi として
\cos(z+2\pi)=\cos z,\sin(z+2\pi)=\sin z … (6)
が分かります。これは \cos z,\sin z が周期関数であり、かつその周期が 2\pi であることを意味しています。

複素数偏角

t を実数として e(t)=e^{it} とおくと |e(t)|=\cos^2 t+\sin^2 t=1 なので、e は実数から複素平面上の単位円 U=\{z\in\mathbf{C} | |z|=1} への写像になりますが、特に [0,2\pi) から U への全単射になります。
指数法則から直ちに e(t+s)=e(t)e(s) であり、また n\in\mathbf{Z} のとき e(2n\pi)=1 も分かります。逆に e(t)=1 とすると、n\le\frac{t}{2\pi}<n+1 となる整数 n がただ一つ決まり、s=t-2n\pi とおけば 0\le s<2\pi,e(s)=1 なので s=0,t=2n\pi となりますから
e(t)=1\Leftrightarrow t=2n\pi,n\in\mathbf{Z}
が成り立ちます。
0 でない複素数 z に対し \frac{z}{|z|}\in U なので、
z=|z|e^{i\theta}=|z|(\cos\theta+i\sin\theta)
を満たす実数 \theta2\pi の整数倍の差を除いて一意に定まります。この \theta のことを z偏角といい、\arg z で表します。絶対値 r偏角 \theta複素数 z に対して z=x+iy とすると
x=r\cos\theta,y=r\sin\theta
なので
\cos\theta=\frac{x}{r},\sin\theta=\frac{y}{r}
となり、これが三角関数幾何学的な意味になります。

円周と直径の比が円周率

複素平面において中心 c、半径 r の円は
z(t)=c+re^{it} (0\le t\le 2\pi)
と表すことができます。このとき円周の長さ l
l=\int_0^{2\pi}\sqrt{(-r\sin t)^2+(r\cos t)^2}dt=r\int_0^{2\pi}dt=2\pi r
となるので \pi=\frac{l}{2r} です。2r は直径ですから、円周の長さと直径の比が円周率であることが分かります。