四元数の行列表現

先日話題にした Hamilton の四元数体は、複素 2 × 2 行列環の部分環として表現できます。
\mathcal{H}=\left\{\begin{pmatrix}\alpha &\beta\\-\bar{\beta}&\bar{\alpha}\end{pmatrix}\middle|\alpha,\beta\in\mathbb{C}\right\}
とおくと、これは和に関して可換で O=\begin{pmatrix}0&0\\0&0\end{pmatrix} が零元です。また、積について結合法則が成り立ち、E=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}単位元です。さらに分配法則も成り立つので、\mathcal{H} は環になります。
ここで、零元でない \mathcal{H} の元に対しては
\begin{pmatrix}\alpha &\beta\\-\bar{\beta}&\bar{\alpha}\end{pmatrix}^{-1}=\begin{pmatrix}\frac{\bar{\alpha}}{|\alpha|^2+|\beta|^2}&-\frac{\beta}{|\alpha|^2+|\beta|^2}\\ \frac{\bar{\beta}}{|\alpha|^2+|\beta|^2}&\frac{\alpha}{|\alpha|^2+|\beta|^2}\end{pmatrix}
が積の逆元になります。従って、\mathcal{H} がもし(積について)可換ならば、これは通常の体ですが、残念ながらそうはなりません。
\begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0&i\\i&0\end{pmatrix},\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{matrix}\begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0&-i\\-i&0\end{pmatrix}
となるので、一般に積は可換にはならないのです。しかし、積が可換でない以外は通常の体と同じ性質を持っており、このような代数系を「斜体」ということは、前回もお話したとおりです。そして
\mathbb{C}\ni\alpha\to\begin{pmatrix}\alpha &0\\0&\bar{\alpha}\end{pmatrix}\in\mathcal{H}
は、複素数体 \mathbb{C} の体としての構造をそっくりそのまま \mathcal{H} の中に写す写像になっています。この意味で、\mathcal{H}\mathbb{C} の拡大になっています。
体論を勉強したことのある方なら御存知でしょうが、\mathbb{C} は「代数閉体」と言われる代物で、\mathbb{C} を真に含む(可換な)体は存在しません。上記のように、可換性を犠牲にすることによって、初めて拡大が可能になるのです。*1

*1:さらに、結合法則を犠牲にすることによってさらに拡大することもできますが、それはまた後ほど。