ε - δ 論法(その 8)

さて、以前に紹介した
a_n=\left\{\begin{array}1/n & (n\neq 10^m)\\1 & (n=10^m)\end{array}\right.
について、この数列が 0 にも 1 にも収束しないことは、簡単に見て取ることができます。実際 |a_n|\geq 1 を満たす n\in\mathbb{N} が無限個(n=10^m)存在するので 0 には収束しませんし、同じく |a_n-1|\geq\frac12 となる n\in\mathbb{N} も無限個(n\neq 10^m)存在するので 1 にも収束しません。

しかしながら、これだけでは、この数列がいかなる値にも収束しないことの証明にはなりません。もしかしたら、すぐにはわからないだけで、何かの値に収束するかもしれないからです。そこで、一つの重要な定理が必要になります。まず、準備として、数列の部分列について定義しておきましょう。

部分列

写像 n:\mathbb{N}\ni k\rightarrow n(k)\in\mathbb{N}k_1<k_2\Rightarrow n(k_1)<n(k_2) を満たすものがあったとします(このような写像は必ず単射になります)。このとき、元となる数列 \{a_n\} に対して \{a_{n(k)}\} のことを部分列と言います。

定理

数列 \{a_n\} がある値に収束するとして、\lim_{n\to\infty}a_n=a とする。このとき、\{a_n\} の任意の部分列 \{a_{n(k)}\} も収束して \lim_{k\to\infty}a_{n(k)}=a である。
(証明)
\lim_{n\to\infty}a_n=a により、任意の \varepsilon>0 に対して N\in\mathbb{N} が存在して
n\geq N\Rightarrow|a_n-a|<\varepsilon
となる。n(k) の単調増加性により n(k)\geq k であるから、k\geq N ならば n(k)\geq N が成り立つ。したがって
k\geq N\Rightarrow|a_{n(k)}-a|<\varepsilon
が成り立つから、定義により \lim_{k\to\infty}a_{n(k)}=a である。

このことを利用すると、冒頭の数列はいかなる値にも収束しないことがわかります。以前にもお話ししたように、この数列は部分列によって収束先が違うからです。ちなみに、この数列は有界、すなわち 0<a_n\leq 1 が常に成り立っているので、発散することもありません。このように、収束も発散もしない数列というものも存在するのです。