圏論への誘い(その 3)

以下、「集合」「写像」は、前回までに準備した、拡張された意味で用いるものとします。

圏を構成するもの

圏(category)は、以下のようなものによって構成されます。

  • 対象の集合 O
  • の集合 A
  • 二つの写像 {\rm dom},{\rm cod}:A\to O
  • 恒等射を定める写像 {\rm id}:O\to A
  • 射の合成を定める写像 {\rm comp}:A\times_O A\to A、ただし A\times_O A=\{(g,f)|g,f\in A,{\rm dom}(g)={\rm cod}(f)}、また {\rm comp}(g,f)g\circ f と書く。

これらの構成物が

  1. {\rm dom}({\rm id}(a))=a,{\rm cod}({\rm id}(a))=a
  2. {\rm dom}(g\circ f)={\rm dom}(f),{\rm cod}(g\circ f)={\rm cod}(g)
  3. h\circ(g\circ f)=(h\circ g)\circ f (結合律)
  4. f\circ{\rm id}({\rm dom}(f))={\rm id}({\rm cod}(f))\circ f=f

なる性質を満たしているとき、系 (O,A,{\rm dom},{\rm cod},{\rm id},{\rm comp}) のことを圏(category)と言い、\mathcal{C}=(O,A,{\rm dom},{\rm cod},{\rm id},{\rm comp}) と書きます。
\mathcal{C} において、対象間の射の集合を定める写像 \hom:O\times O\to\mathcal{P}(A) を用意しておくことにします。これを用いると、1 番目の条件は {\rm id}(a)\in\hom(a,a) であることを、また 2 番目の条件は g\circ f\in\hom({\rm dom}(f),{\rm cod}(g)) であることを言っているのと同じです。
「たったこれだけ !?」と思うかもしれませんが、これだけです。これだけなのですが、これだけのことからいろいろなことが分かってしまうのが圏論の不思議です。代表的な圏は

  • 対象 : 小さな集合の全体、射 : (小さな集合間の)写像全体 ({\rm Set} と表します)
  • 対象 : 小さな群*1の全体、射 : 群準同型写像の全体 ({\rm Grp} と表します)

です。以下、この代表的な二つの圏を思い浮かべながら、先の話を読み進めると、イメージが思い浮かびやすいと思います。

小さな圏

圏には対象の集合と射の集合があるわけですが、これらがいずれも小さな集合であるとき、その圏は小さな圏であるといいます。小さな圏の代表例もいくつも存在し、その中には重要なものも含まれますが、さしあたり、以下の例を挙げておくことにします。

  • 対象の集合は前順序(preorder)構造を持つ小さな集合 (X,\prec)
  • 射の集合は、X 上の前順序関係 O\subset X\times X *2

こうすると、{\rm dom},{\rm cod},{\rm id},{\rm comp} の定義はほぼ明らかでしょう。そして a,b\in X に対し
\hom(a,b)=\left\{\begin{array}\{\langle a,b\rangle\}&(\text{if}a\prec b)\\\emptyset&(\text{otherwise})\end{array}\right.
となります。反射律は恒等射の存在として、推移律は射の合成として反映されていることが分かると思います。

始対象と終対象

\mathcal{C} の対象の集合を O(\mathcal{C}) と表すことにします。A(\mathcal{C}) なる表記も同様に解釈してください。このとき任意の a\in O(\mathcal{C}) に対して \hom(i,a) がただ一つの要素からなるような対象 i始対象と言います。また、任意の a\in O(\mathcal{C}) に対して \hom(a,t) がただ一つの要素からなるような対象 t終対象と言います。
{\rm Set} における始対象は空集合です。実際、任意の小さな集合 a に対して、\emptyset から a への対応、すなわち \emptyset\times a=\emptyset の部分集合は \emptyset しかなく、これが \emptyset から a ヘのただ一つの射です。
また、終対象は、ただ一つの元からなる小さな集合 \{x\} です。実際、任意の小さな集合 a に対して a\times\{x\} の部分集合で射(a から \{x\} ヘの写像)と言えるものは a\times\{x\} しかなく、これが a から \{x\} ヘのただ一つの射です。
始対象かつ終対象であるものを零対象と言います。圏 {\rm Grp} においては単位元のみからなる群 \{e\} が零対象となることは容易に確かめられるでしょう。
さて、圏 \mathcal{C} に零対象が存在するとして、それを 0 で表すとき、任意の対象 a,b\in O(\mathcal{C}) に対して a\to 0\to b なる射の合成としての特別な射が得られます。これを零射と言い、0:a\to b と表します。

*1:ここでは群構造を持つ小さな集合の意味と解釈してください。

*2:a\in X に対して \langle a,a\rangle\in O (反射律)かつ \langle a,b\rangle,\langle b,c\rangle\in O\Rightarrow\langle a,c\rangle\in O (推移律)を満たす関係のこと。\langle a,b\rangle\in O のとき、一般的に a\prec b と書きます。