オブジェクトは見えていた

以前、d:id:redcat_math:20060522#1148301628 の中で

数学の研究とはまさに「オブジェクトなき戦い」なのかも知れません。

と書いたわけですが、よくよく考えてみると、これは微妙に違うな、と思いました。
先日まで、Zermelo-Fraenkel 公理系をせっせと紹介してきたわけですが、Zermelo-Fraenkel 公理系の考え方は、「『集合』とは何かを定義するのではなく、『集合』と呼ぶにふさわしいものが満たしてくれるとうれしい性質を明らかにしてみよう」というものです。「集合」という存在へのこだわりを捨てた、まさに「色即是空」です。
ところが、こだわりを捨てて公理系に移った瞬間、途端に「集合」の本質が見えてきたわけです。「空即是色」です。
多様体も似たようなものがあります。ドーナツの表面のような、目に見える「多様体」へのこだわりを捨て、多様体が持つべき性質の方に着目していったら、本当の多様体の姿が見えてくる。
なかったはずのオブジェクトが、こだわりを捨てることによって逆に鮮明に見えるようになる。これが数学の本質かもしれません。
マチュアとは言え、数学者を自負する一人として、斯くありたいものだとは思いますが、悟りの「さ」の字も知らない凡夫には、その域に達するのは難しそうです。